目次
はじめに
「扶養から外れたくないけれど、自分の力で少しだけ稼いでみたい」
そう考える40〜60代の方は少なくありません。
パートとは違う形で、自分の得意を仕事にしてみたい。
けれど、起業と聞くと「扶養から出ないといけないのでは」「かえって損をするのでは」と不安になる方も多いのではないでしょうか。
インターネットでよく見かける「103万円の壁」「130万円の壁」という言葉も、かえって混乱のもとになりがちです。
実は、個人事業主として起業する場合、パートで働く方とは壁の考え方が根本的に異なります。
この記事では、2つの「扶養」を整理しながら、無理のない範囲で一歩を踏み出すための考え方を、順を追って解説します。
「扶養内で起業」を考えるときの背景と不安
まずは、扶養内での起業を考える方が、どのような気持ちや状況にあるのかを整理します。
ご自身の思いと重なる部分があるかを確かめながら読み進めてみてください。
パートから「自分の事業」へ踏み出したい気持ちの背景
長年パート勤めをされてきた方の中には、「決められた時間に働く」以外の選択肢を探し始める方もいらっしゃいます。
子育てや介護が一段落し、時間に少しゆとりが生まれる時期でもあります。
これまで培ってきた家事のスキル、趣味で続けてきた手仕事、前職での経験。
そうした自分の中にあるものを、小さくても事業の形にしてみたいという気持ちは、40〜60代ならではの前向きな一歩です。
いきなり大きく稼ぐのではなく、扶養の範囲内で無理なく始めたいと考える方も多く見られます。
「扶養が外れると損では?」という不安の正体
一方で、「扶養から外れると世帯全体の手取りが減るのでは」という不安もよく聞かれます。
この不安の背景には、税金と社会保険という2つの仕組みが混ざって理解されている状況があります。
扶養が関わるお金の話は、「税金の扶養」と「社会保険の扶養」という別々の制度が絡み合っています。
この2つを分けて考えないと、必要以上に収入を抑えてしまったり、逆に気づかないうちに扶養から外れてしまったりします。
まずはこの2つを切り分けることが、落ち着いて判断するための出発点になります。
起業しても扶養に入れる?──2つの「扶養」を分けて理解する
結論から言えば、起業しても一定の収入の範囲内であれば扶養に入ったままでいられます。
ただし「税法上の扶養」と「社会保険上の扶養」は別の制度で、判定の基準がそれぞれ異なります。
この違いを押さえることが、扶養内起業の理解の土台になります。
税法上の扶養(配偶者控除・配偶者特別控除)とは
税法上の扶養とは、配偶者などの収入が一定以下のときに、扶養する側(たとえば会社員の夫)の所得税・住民税が軽くなる仕組みです。
具体的には「配偶者控除」や「配偶者特別控除」と呼ばれる所得控除が受けられます。
ここで大切なのは、判定に使われるのが「収入」そのものではなく「合計所得金額」だという点です。
合計所得金額は、事業を営む方の場合、売上から必要経費などを差し引いた後の金額を指します。
つまり、売上が同じでも経費の状況によって扶養に入れるかどうかが変わってくるということです。
社会保険上の扶養(健康保険の被扶養者・国民年金第3号)とは
社会保険上の扶養とは、配偶者が加入する健康保険の「被扶養者」になり、自分では保険料を払わずに健康保険を使える状態を指します。
あわせて、会社員などに扶養される20歳以上60歳未満の配偶者は、国民年金の「第3号被保険者」となり、国民年金保険料の負担もなくなります。
こちらの判定基準は、税法上の扶養とはまったく別です。
多くの健康保険では、被扶養者になれるのは「今後1年間の見込み年収が130万円未満」であることが目安とされています。
過去にいくら稼いでいたかではなく、これから先の見込みで判断される点が特徴です。
ただし60歳以上の方や一定の障害のある方は「180万円未満」が基準になるなど、年代や状況によって金額が変わります(詳しくは後述します)。
個人事業主が意識すべき「壁」はどこか
ここが、扶養内起業を考えるうえで最も誤解されやすいポイントです。
パートで働く方に当てはまる「壁」と、個人事業主として起業した方の「壁」は、実は同じではありません。
この違いを知っておくことが、遠回りを避ける鍵になります。
「103万円・123万円の壁」は給与所得者の話
「103万円の壁」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。
この給与所得者向けの基準は、税制改正で毎年のように見直されています。
令和8年分(2026年分)の所得税では、基礎控除と給与所得控除の引き上げにより、給与収入178万円までは所得税がかからない仕組みへと課税最低限が引き上げられました。
ただし、これはあくまで「給与でお金を受け取る人本人に、所得税がかかるかどうか」の目安であり、扶養に入れるかどうかの判定とは別の話です。
また、給与には「給与所得控除」という仕組みがあるため、収入と所得の間に差が生まれます。
個人事業主として起業した方は給与所得ではないため、この給与所得者向けの「壁」を自分にそのまま当てはめる必要はありません。
ここを勘違いすると、本来もっと稼げる場面で収入を抑えすぎてしまうことがあります。
税法上の扶養は「合計所得金額」で見る
個人事業主が税法上の扶養に入れるかどうかは、先ほど触れた「合計所得金額」で判断します。
計算はシンプルで、事業の売上から必要経費を差し引き、さらに青色申告をしている場合は青色申告特別控除を差し引いた金額が、その方の事業所得になります。
配偶者控除の対象となるのは、この合計所得金額が62万円以下のときです(令和8年分から。令和7年分は58万円以下、それ以前は48万円以下でした)。
給与収入のみの方に置き換えると、136万円以下が目安になります。
この金額を少し超えても、合計所得金額が133万円以下であれば「配偶者特別控除」によって段階的に控除が受けられる仕組みがあります。
控除額が段階的に減っていくため、一定額を超えても、扶養する側の税負担がいきなり大きく増えるわけではありません。
なお、ここで挙げた金額は所得税の配偶者控除・配偶者特別控除の基準です。
住民税の配偶者控除では適用の時期が1年ほど後ろにずれる(令和9年度分から反映)ため、住民税もあわせて確認しておくと安心です(出典: 国税庁「No.1191 配偶者控除」、国税庁「No.1195 配偶者特別控除」)。
経費を適切に計上できるのは、個人事業主ならではの特徴です。
売上がそのまま所得になるわけではないため、事業の実態に沿って必要経費を記録しておくことが、税法上の扶養を考えるうえでも役立ちます。
個人事業主で注意するべき「社会保険上の扶養」
社会保険上の扶養で意識するのは、税法とは別の「130万円」という数字です。
ただし、この基準は一律ではありません。
60歳以上の方や一定の障害のある方は「180万円未満」が基準となります。
また、同居している場合は「被保険者(配偶者)の年間収入の2分の1未満」、別居している場合は「配偶者からの仕送り額より少ないこと」といった要件もあわせて判断されます。
この「収入」には、事業の収入だけでなく、公的年金や雇用保険の失業給付、傷病手当金なども含まれる点に注意が必要です。
個人事業主の場合、130万円は売上そのものではなく、売上から健康保険の運営団体が認める経費を差し引いた金額で判断されるのが一般的です。
加入している健康保険による違い
ここで注意したいのは、経費として認められる範囲が、加入している健康保険によって異なる点です。(※売上自体が年間130万円以下であれば関係ありません)
被扶養者の認定では、差し引ける経費が「直接的必要経費」に限られ、所得税の計算より狭く設定されていることがあります。
原材料費などは認められても、減価償却費などは認められないことが多く、扱いは健康保険ごとに違います。
さらに、健康保険組合によっては「個人事業主は収入にかかわらず被扶養者になれない」と独自に定めている場合もあります。
数字だけを見て判断せず、配偶者が加入している健康保険に事前に確認することが欠かせません。
実際の健康保険の事例
健康保険組合によって、家賃、水道光熱費、通信費、消耗品費などをどこまで認めるかが異なります。
たとえば、A健保は自宅兼事務所の家賃・水道光熱費・通信費を、事業分と自宅分が明確なら条件付きで認める扱いです。
一方、B健保では、自宅住所と事業所所在地が同じ場合の地代家賃・水道光熱費は認めず、通信費・消耗品費も不可とされています。
仕入原価は認められやすい一方、外注費・荷造運賃・広告宣伝費の扱いが分かれます。
C健保は外注工賃を○、荷造運賃を△としていますが、D健保は外注工賃・荷造運賃・広告宣伝費を×としています。
事例1:自宅でWeb制作をしている配偶者
配偶者が自宅でWeb制作をしていて、年間売上が180万円あるとします。
確定申告では、家賃36万円、水道光熱費6万円、通信費12万円、消耗品費10万円を経費にしている場合でも、健康保険の扶養認定ではそのまま引けるとは限りません。
A健保のように、事業分と自宅分が明確で、証憑も出せる場合に一部認める健保であれば、仮にこれらが認められると、認定上の収入は 180万円-64万円=116万円 となり、収入要件だけ見れば扶養に入れる可能性があります。
一方、B健保のように、自宅兼事務所の家賃・水道光熱費を認めず、通信費・消耗品費も認めない扱いであれば、認定上の収入は 180万円のまま と見られる可能性があります。
同じ確定申告書でも、加入している健康保険によって結果が変わり得る典型例です。
事例2:ネットショップをしている配偶者
年間売上190万円、仕入50万円、外注費20万円、荷造運賃10万円、広告宣伝費10万円のケースを考えます。
C保のように、売上原価を○、外注工賃を○、荷造運賃を△とする健保で、外注費・荷造運賃が認められれば、認定上の収入は 190万円-50万円-20万円-10万円=110万円 になります。
一方、D健保のように、売上原価は○でも、外注工賃・荷造運賃・広告宣伝費を×とする健保では、認定上の収入は 190万円-50万円=140万円 になります。
扶養内で起業する方が考えるべき選択肢
扶養内で起業すると決めたとき、次に考えるのが「どんな形で始めるか」です。
ここでは事業の形態と、無理なく始めやすい事業の種類について、選択肢を整理します。
扶養内なら基本は「個人事業主」
起業には、個人事業主として始める方法と、会社(法人)を設立する方法があります。
扶養の範囲内で無理なく始めたい場合、基本となるのは個人事業主です。
会社を設立すると、たとえ社長一人だけの会社であっても、原則として健康保険・厚生年金の加入対象となります。
役員報酬の額など個別の事情はありますが、法人化は社会保険の扶養から外れる方向に働くのが一般的です。
そのため、まずは個人事業主として小さく始め、事業が育ってきた段階で法人化を検討する、という順序が扶養内起業には合っています。
扶養内で始めやすい小さな事業の例
扶養の範囲を意識するなら、時間や仕入れをコントロールしやすい事業が向いています。
たとえば、ハンドメイド作品の販売、Webライティング、オンライン講師、これまでの経験を活かしたコンサルティングなどが代表的です。
こうした事業は、自宅で作業でき、繁忙期と閑散期を自分で調整しやすいという利点があります。
売上の見通しが立てやすいため、扶養の範囲内に収める計画も立てやすくなります。
ハンドメイドを例にした具体的な商品選びは、ハンドメイド副業で売れるものとは?で詳しく取り上げています。
小さく始めて事業の柱に育てていく発想については、スモールビジネスとは?40〜50代から始める小さな起業もあわせてご覧ください。
扶養内起業でやりがちな失敗と回避策
扶養内での起業は、仕組みを知らないまま進めると思わぬところでつまずくことがあります。
ここでは、実際に起こりやすい失敗と、その避け方を確認します。
経費・売上の管理が甘く、気づいたら基準を超えていた
もっとも多いのが、日々の売上と経費の記録を後回しにしてしまうケースです。
年の途中で「思ったより売れた」と気づいたときには、すでに扶養の基準に近づいていることがあります。
これを避けるには、月ごとに売上と経費を把握し、年間の見込みを早めにつかんでおくことが大切です。
税法上の扶養と社会保険上の扶養では基準が違うため、両方の視点で確認しておくと安心です。
会計ソフトや家計簿アプリを使い、こまめに数字を残す習慣をつけておくとよいでしょう。
家族の専従者給与を受け取ると扶養控除の対象外になる
見落としやすいのが、家族の事業を手伝って「青色事業専従者給与」を受け取るケースです。
配偶者などの事業から専従者給与を受け取ると、その方はもう配偶者控除・配偶者特別控除の対象にはなりません。
「扶養の中で少し手伝うつもりだった」のに、税務上は扶養から外れる扱いになることがあるため、専従者として給与を受け取るかどうかは慎重に判断する必要があります。
ご家庭の事業に関わる形で起業を考える場合は、この点を先に整理しておきましょう。
個別の判断が難しいときは、税理士へのご相談をおすすめします。
今から準備できる小さな一歩
仕組みが分かってきたら、あとは具体的な手続きです。
扶養内起業で必要になる手続きは、身構えるほど複雑ではありません。
全体像を整理しておきましょう。
開業届の提出(提出期限は「その年分の確定申告期限まで」)
事業として続けていくつもりであれば、税務署に「個人事業の開業・廃業等届出書(開業届)」を提出します。
かつては「開業から1か月以内」とされていましたが、令和8年1月1日以後に開業した場合は、その事業を開始した年分の所得税の確定申告期限までに提出することとされています。
開業届の提出自体が扶養に直接影響するわけではありませんが、扶養の範囲内であっても、事業を始めたことを役所などにあらためて申請する必要はありません。
なお、青色申告による特別控除を受けたい場合は、開業届とは別に「所得税の青色申告承認申請書」を提出します。
こちらの提出期限は原則としてその年の3月15日まで、1月16日以後に事業を始めた場合は開業日から2か月以内で、開業届より先に期限が来る点に注意が必要です。
まずは開業届と、必要に応じて青色申告の届け出から始めるのが、落ち着いたスタートになります。
健康保険への事前確認と確定申告の準備
社会保険上の扶養に入り続けたい場合は、配偶者が加入している健康保険に、個人事業主でも被扶養者でいられるか、経費の扱いはどうなるかを事前に確認しておきましょう。
前述のとおり、取り扱いは健康保険ごとに異なります。
また、事業所得が一定額を超える場合などは、確定申告が必要になります。
年に一度の申告に向けて、日頃から売上と経費の記録を残しておくことが、いちばんの準備になります。
個別の申告の進め方に迷ったときは、税理士に相談する方法もあります。
よくあるご質問
扶養内起業を考える方から特に多く寄せられる疑問を、4つ取り上げます。
Q. 扶養内で起業したら、配偶者の勤務先に知られますか?
事業を始めたこと自体が、自動的に配偶者の勤務先に通知されるわけではありません。
ただし、社会保険上の扶養に入り続けるための確認手続きの中で、収入の見込みを示す書類の提出を求められることはあります。
会社への知られ方については、住民税の仕組みも関わってくるため、住民税「特別徴収」徹底で副業がバレる?もあわせて理解しておくと安心です。
Q. パートを続けながら、扶養内で起業してもいいですか?
はい、パート(給与収入)と事業を両立すること自体は可能です。
ただし判定の際は、税法上は給与所得と事業所得を合わせた「合計所得金額」で、社会保険上は給与と事業の収入を合わせた見込み額で見られます。
片方だけで判断すると基準を超えてしまうことがあるため、合算して確認することが大切です。
Q. 赤字でも確定申告は必要ですか?
事業が赤字の場合、所得税の確定申告は必ずしも義務ではありません。
ただし、青色申告をしていれば赤字を翌年以降に繰り越せるなど、申告することで受けられるメリットもあります。
ご自身の状況で申告した方がよいかどうかは、税理士に確認すると確実です。
Q. 扶養を外れて自立した方が得なケースもありますか?
はい、事業が育ってくると、扶養にこだわらず自分で社会保険に加入した方が、将来の年金や働き方の自由度の面でプラスになる場合があります。
扶養は「守るべきもの」ではなく「今の状況に合った選択肢の一つ」と捉え、事業の成長に合わせて見直していく姿勢が大切です。
まとめ
本記事では、扶養内で起業する際に知っておきたい税金と社会保険の考え方を解説しました。
主要なポイントは以下の通りです。
- 「税法上の扶養」と「社会保険上の扶養」は別の制度で、基準が異なる
- 個人事業主には給与所得者向けの「103万・123万・178万」といった目安はそのまま当てはまらない
- 税法上は「合計所得金額」で判断する(令和8年分から、配偶者控除は62万円以下、配偶者特別控除は133万円以下)
- 社会保険上は「見込み年収130万円未満」が基本だが、60歳以上・一定の障害のある方は180万円未満。経費の扱いは健康保険ごとに異なる
- 扶養内なら個人事業主が基本、事業の成長に合わせて扶養の見直しも選択肢になる
制度の金額や要件は改正が続いている分野です。
実際に手続きを進める前には公式サイトで最新情報を確認し、個別の判断が必要なときは専門家に相談しながら進めると安心です。
焦らず、ご自身のペースで小さな一歩を踏み出してみてください。
同じように起業を考える方に向けては、シニアの「おばさん起業」成功の秘訣と失敗しないコツや、40代スキルなしの女性でも起業できる!もご用意しています。
※本記事は2026年7月時点の税制・社会保険制度の一般的な仕組みに基づいて作成しています。配偶者控除・配偶者特別控除の金額は令和8年度税制改正(令和8年分以後の所得税に適用。住民税は令和9年度分から反映)、社会保険の被扶養者の基準は各健康保険の取り扱いにより変わります。最新情報は国税庁・全国健康保険協会・日本年金機構等でご確認ください。個別の申告や社会保険の手続きについては、税理士・社会保険労務士などの専門家へのご相談を推奨します。

