はじめに
看護師として長く働いてきた方の中には、「病院以外の場所で、自分の経験を活かして働けないか」と考え始める方がいらっしゃいます。
夜勤や体力の負担、家族の事情、定年後の働き方など、きっかけは人それぞれです。
「看護師 起業」で調べると、訪問看護ステーションやサロン、カフェなど、さまざまな起業アイデアが紹介されています。
ただし、看護師の免許を持っていることと、その事業を看護師の免許だけで始められることは、別の話です。
事業によっては、医師にしかできない行為が含まれていたり、別の免許や行政の許可・指定が必要だったりします。
この記事では、40〜60代の看護師・准看護師の方に向けて、言葉の違い、法律の線引き、事業の4つの型、年代ならではの論点、開業までの流れを順に整理します。
先に要点をまとめると、次の3つです。
- 看護師の業務は「療養上の世話」と「診療の補助」で、医師の指示が必要な行為や、医師・別の免許を持つ人にしかできない行為があります
- 訪問看護ステーションを介護保険の指定を受けて開設する場合は、法人での申請と人員基準が前提になります
- 講師・執筆・カフェなど、看護師の免許を要件としない事業では、看護の経験そのものが強みになります
看護師の「起業」「開業」「独立」「フリーランス」は何が違うのか
看護師の起業とは、看護師が勤務先に雇われる働き方から離れ、自分で事業を始めることを指して使われる言葉です。
調べてみると、「起業」「開業」「独立」「フリーランス」という言葉が、ほぼ同じ意味で使われていることに気づきます。
これらはふだんの会話でも幅広く使われる言葉で、使う人や場面によって意味に幅があります。
この記事では、次のように使い分けて説明します。
4つの言葉の使われ方
次の表は、本記事での言葉の使い方を示したものです。
| 言葉 | この記事での使い方 | 例 |
|---|---|---|
| 起業 | 自分で新しく事業を始めること全般 | 訪問看護ステーションの設立、講座の開講 |
| 開業 | 事務所・店舗・事業所を構えて事業を始めること | サロンやカフェを開く、ステーションを開設する |
| 独立 | 勤務先を離れ、自分の名前で仕事を受けること | 病院を退職して個人で活動する |
| フリーランス | 組織に雇われず、案件ごとに契約して働くこと | 健診やイベントの看護業務を契約ごとに受ける |
法律の手続きが関わるのは「何を始めるか」が決まってから
どの言葉で呼ぶかによって、必要な手続きが変わるわけではありません。
許可・届出・指定が必要かどうかは、「どんな事業を、どんな形で行うか」で決まります。
同じ「開業」でも、訪問看護ステーションとカフェでは、関わる法律も窓口もまったく異なります。
40〜60代の看護師が起業を考え始める背景
病院や施設で長く働いてきた看護師の方の中には、40代後半から50代にかけて、働き方を見直したいと考える方もいらっしゃいます。
まず、仕事に就いている看護師の年齢構成から、この年代の看護師がどのくらいいるのかを確認します。
就業看護師の半数以上は40歳以上
厚生労働省の衛生行政報告例によると、2024年末時点で仕事に就いている看護師は1,363,142人でした。
年齢階級別にみると、最も多いのは45〜49歳の186,529人(13.7%)です。
40歳以上の各年齢階級を合計すると785,418人となり、就業看護師全体の約57.6%にあたります。
50歳以上に限っても436,760人で、約32.0%です。
准看護師では、65歳以上の44,314人(19.0%)が最も多い年齢階級となっています。
出典:厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(2025年7月29日公表、2024年末現在)
※40歳以上・50歳以上の人数と割合は、同概況の表3にある年齢階級別の人数を合計して算出しました。
40代以上の看護師の方は、決して少数派ではありません。
経験の長さと、働き方の悩みが重なる時期
40代から60代は、看護師としての経験が長くなる一方で、働き方についての悩みを抱えることもある時期です。
夜勤や長時間の立ち仕事を続けられるか、親の介護や家族の事情と両立できるか、定年後も働き続けたいか、といった問いを抱えている方も多いのではないでしょうか。
その中で、勤め先を変えるだけでなく、「自分で事業を始める」という選択肢を調べ始める方もいらっしゃいます。
起業は選択肢の一つであり、誰にとっても最適な道というわけではありません。
勤務を続ける、職場を変えるといった選択肢と並べて、落ち着いて比べてみることが大切です。
看護師の資格でできること・できないこと
看護師の起業を考えるうえで、最初に押さえておきたいのが法律の線引きです。
看護師の免許でできる業務の範囲は、保健師助産師看護師法(以下「保助看法」)で定められています。
一方で、医師にしかできない行為や、別の免許が必要な施術もあります。
ここでは、事業を考えるときに関わりやすい5つのポイントを条文に沿って整理し、最後に早見表にまとめます。
看護師の業務は「療養上の世話」と「診療の補助」
保助看法は、看護師を「傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者」と定めています(5条)。
そのうえで、看護師でない者がこれらの業務を行うことを禁じています(31条1項)。
療養上の世話と診療の補助は、看護師の免許を持つ人が担う業務として、法律で位置づけられているということです。
なお、31条には医師法・歯科医師法の規定に基づいて行う場合を除外するただし書があり、また保健師と助産師も、これらの業務を行うことができるとされています(31条1項ただし書・2項)。
医師の指示がなければできない行為がある
看護師の免許があれば、看護に関わることを何でも自分の判断で行えるわけではありません。
保助看法37条は、次のように定めています。
保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
(出典:e-Gov法令検索「保健師助産師看護師法」第37条)
この条文は「してはならない」と定める禁止規定で、例外は、主治の医師・歯科医師の指示がある場合と、ただし書の臨時応急の手当などです。
看護を事業として提供する場合は、どの行為に医師の指示が必要かを、事業を始める前に整理しておくことが欠かせません。
准看護師は「指示を受けて」業務を行う資格
准看護師は、「医師、歯科医師又は看護師の指示を受けて」、看護師と同じ業務を行う資格と定められています(保助看法6条)。
准看護師の方が看護の業務を伴う事業を考える場合は、指示を出す立場の医師や看護師との関係をどう組み立てるかを、事業計画の段階で確認しておく必要があります。
看護の業務を伴わない講師・執筆・カフェなどの事業であれば、6条の指示の仕組みとは切り離して考えることができます。
医師にしかできない「医業」と、別の免許が必要な「施術」
医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定めています。
厚生労働省は、名称を問わずアートメイクは医行為にあたり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法17条に違反するとしています(厚生労働省「美容所等におけるアートメイク施術について」、令和7年8月15日付 医政局長通知「美容医療に関する取扱いについて」医政発0815第21号)。
同じ通知では、看護師等が医師の指示なく、いわゆるアートメイクなどの医行為を行うことが、医師法17条や保助看法37条に違反する例として挙げられています。
看護師の免許があることを理由に、アートメイクを自分の事業として行えるわけではない点に注意が必要です。
また、マッサージや指圧を事業として行う場合、医師以外の者は、あん摩マッサージ指圧師の免許を受けなければならないとされています(あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律1条)。
看護師も「医師以外の者」にあたるため、マッサージを業とするには、看護師の免許とは別にこの免許が必要です。
サロンや健康サービスを考えている方は、提供したい施術がどの法律に関わるかを、開業前に確認しておくことが大切です。
守秘義務と名称の使用は、事業を始めても続く
看護師・准看護師は、正当な理由なく業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならず、看護師・准看護師でなくなった後も同様とされています(保助看法42条の2)。
退職して事業を始めた後に、勤務時代に知った患者さんのことを、ブログやSNS、講座の題材として使う場合には注意が必要です。
また、看護師でない者が「看護師」やこれに紛らわしい名称を使うことは禁じられています(42条の3第3項)。
准看護師の方は、事業の案内や名刺で「看護師」と名乗らないよう気をつけてください。
早見表|その事業に看護師の免許だけで足りるか
ここまでの内容を、事業でよく話題になる行為ごとにまとめます。
個別の事業が該当するかどうかは内容によって判断が異なるため、最終的には所管の行政機関に確認してください。
| 行為・事業 | 看護師の免許との関係 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 療養上の世話・診療の補助 | 看護師の業務。医師の指示がなければ行えない行為がある | 保助看法5条・31条・37条 |
| 准看護師としての看護業務 | 医師・歯科医師・看護師の指示を受けて行う | 保助看法6条 |
| アートメイク | 医師免許のない者が業として行えば医師法違反とされている。看護師等が医師の指示なく行うことも違反の例とされている | 医師法17条・保助看法37条、厚生労働省の通知 |
| マッサージ・指圧を業とすること | 医師以外は、あん摩マッサージ指圧師の免許が必要 | あはき法1条 |
| 訪問看護ステーション(保険) | 免許とは別に、指定を受ける必要がある。申請者の要件と人員基準がある | 介護保険法70条、健康保険法89条 |
| 助産所 | 助産師に管理させることが必要 | 医療法11条 |
| 講師・執筆・カフェなど | 看護師の免許は要件ではない。飲食店営業には営業許可が必要 | 食品衛生法55条ほか |
看護師の起業を4つの型で整理する
看護師の起業アイデアは数多く紹介されていますが、法律との関わり方で分けると、考えるべきことが見えやすくなります。
ここでは、本記事での説明の便宜上、看護師の起業を4つの型に分けて整理します。
公的な分類ではありませんが、ご自身が考えている事業がどの型に近いかを確かめる目安としてご活用ください。
① 資格と保険制度を使う事業|訪問看護ステーション
訪問看護ステーションは、看護師の資格と経験を直接活かせる事業の代表例です。
介護保険や医療保険から報酬を受けて訪問看護を行うには、介護保険では都道府県など、健康保険では厚生労働大臣(窓口は地方厚生局)の指定を受ける必要があります。
介護保険の指定では、申請者が法人であることが国の基準として定められています(介護保険法70条2項1号・3項、介護保険法施行規則126条の4の2)。
ただし、病院・診療所が行う訪問看護については、この法人の要件は適用されません(同条ただし書)。
健康保険の指定では、申請者は「地方公共団体、医療法人、社会福祉法人その他厚生労働大臣が定める者」とされています(健康保険法89条4項1号)。
なお、介護保険の指定を受けると、別段の申出をしない限り、健康保険の指定もあったものとみなされます(健康保険法89条2項)。
人員の基準もあり、国の基準では、看護職員を常勤換算で2.5以上、うち1名は常勤で置くこととされています(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準60条、指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準2条)。
「一人で開業したい」と考えている方は、この人員基準を、事業所を置く自治体の手引きで確認するところが出発点になります。
管理者は、原則として保健師または看護師が務めることとされています(健康保険の基準では助産師も含まれ、いずれもやむを得ない理由がある場合の例外があります)。
介護保険の人員基準は、実際には都道府県などの条例で定められているため、事業所を置く自治体の手引きもあわせて確認してください。
② 個人として働く|フリーランス・業務委託・プチ起業
組織に雇われず、看護師として個人で仕事を受ける働き方もあります。
健診の補助やイベント・旅行への同行など、案件ごとに契約して働く形です。
注意したいのは、契約の形によって適用されるルールが変わる点です。
看護師の業務のうち、病院・診療所や介護老人保健施設、利用者の居宅などで行われるものは、労働者派遣が原則として禁止されています(労働者派遣法4条1項3号、同法施行令2条1項4号)。
ただし、紹介予定派遣、産前産後休業・育児休業・介護休業などで休む人の代わりとして派遣される場合、就業の場所がへき地にある場合などの例外が定められています(同法施行令2条1項)。
フリーランスとして働く前に、受けようとしている仕事が雇用・業務委託・派遣のどれにあたるのかを確認しておくことが大切です。
在宅や小さな規模から始める「プチ起業」も、この型に含まれます。
③ サロン・健康サービス|線引きを先に確認する
フットケアやアロマ、リラクゼーション、健康相談など、看護の経験を活かしたサロンや健康サービスも、看護師の起業としてよく紹介されています。
この型で大切なのは、提供したいサービスが、前の章で整理した線引きのどこにあたるかを、開業前に確かめることです。
マッサージや指圧を業とするならあん摩マッサージ指圧師の免許が必要で、アートメイクのように医行為とされるものは、医師免許のない人が業として行えば医師法違反になるとされています。
病気かどうかの判断や治療の方針を示すことは、医師の業務である医業に関わるおそれがあるため、サービスの説明でも慎重に扱う必要があります。
一方で、看護師の経験は、お客さまの体調の変化に気づいたり、医療機関の受診を勧めたりする場面で強みになります。
④ 経験を別の分野で活かす|講師・執筆・相談・カフェ・移送
看護師の免許そのものを使わず、看護の経験や知識を別の分野で活かす起業もあります。
介護や健康に関する講座の講師、医療・健康分野の記事の執筆、地域の人が集まるカフェの運営などが代表的です。
これらの事業では看護師の免許は要件になりませんが、事業ごとに別の法律が関わることがあります。
たとえば、飲食店営業を行うには、食品衛生法に基づく営業許可が必要です(食品衛生法55条、同法施行令35条1号、窓口は保健所)。
介護タクシーとして事業を行う場合は、原則として、道路運送法に基づく国土交通大臣の許可が必要になります(道路運送法4条)。
看護師の経験は、利用者の体調への配慮や、家族からの相談への対応といった場面で活かせます。
4つの型の比較表
ここまでの4つの型を、法律との関わり方で比べると次のようになります。
| 型 | 看護師の免許 | 行政の指定・許可 | 法人での申請 | 主な収入の仕組み |
|---|---|---|---|---|
| ① 訪問看護ステーション | 管理者は原則として保健師・看護師 | 介護保険・健康保険の指定が必要 | 介護保険の指定では法人であることが基準 | 介護保険・医療保険からの報酬と利用者負担 |
| ② フリーランス・業務委託 | 看護の業務を行うなら必要 | 業務の内容と契約の形によって確認が必要(派遣の制限など) | 個人で始めることもできる | 契約先からの報酬 |
| ③ サロン・健康サービス | 施術の内容による(別の免許が必要な場合がある) | 内容によって確認が必要 | 個人事業主として始めることもできる | 利用者からの料金(自費) |
| ④ 講師・執筆・カフェ・移送 | 要件ではない | 飲食店営業は営業許可、介護タクシーは原則として許可が必要 | 個人事業主として始めることもできる | 受講料・原稿料・売上・運賃 |
この表は説明の便宜上の整理であり、具体的な要否は事業の内容によって異なります。
40〜60代の看護師が起業を考えるときの4つの論点
看護師の起業には年代に関係なく共通する準備がありますが、40〜60代の方ならではの論点もあります。
ここでは、事業の型を決める前後に考えておきたい4つの論点を整理します。
経験を「誰の、どんな困りごと」に置き換える
「内科病棟で20年」といった経歴は、そのままでは事業の説明になりません。
事業として考えるときは、「誰の、どんな困りごとに応えられるか」という言葉に置き換えることが出発点になります。
たとえば、50代で病棟勤務が長い方なら、退院後の生活に不安を抱える家族に寄り添ってきた経験が、介護する家族向けの講座や相談の事業につながる可能性があります。
定年を迎えた60代の方が、地域で健康について気軽に話せる場をつくる、といった形もあります。
体力と働く時間の設計
自分で事業を始めると、勤務時代とは違う形で体力を使う場面が出てきます。
訪問看護であれば移動やオンコールへの対応、サロンであれば施術の時間と準備・片付けなどです。
週に何日、1日何時間なら無理なく続けられるかを先に決め、その範囲で成り立つ事業の形を考えることが大切です。
ご自身の体調に気になる点がある場合は、医療機関で相談したうえで計画を立ててください。
退職と開業の順番
退職してから準備を始めるか、在職中に準備を進めるかで、開業までの負担は大きく変わります。
在職中に準備や小さな活動を始める場合は、まず勤務先の就業規則で副業・兼業の扱いを確認してください。
在職中に副業として準備する場合の注意点は、正社員が「副業」を始める前に知っておきたい7つの注意点でも解説しています。
自治体病院などに地方公務員として勤務している方は、任命権者の許可を受けなければ、自ら営利企業を営むことなどが制限されています(地方公務員法38条1項)。
ただし、同項のただし書により、非常勤職員の一部はこの制限の対象外とされているため、ご自身の任用の形を確認してください。
国家公務員の方は、国家公務員法と人事院規則に基づく承認の仕組みがあり、2026年4月1日からは、職員の知識・技能をいかした事業なども承認の対象に加わっています(人事院「自営兼業制度の見直しについて」2025年12月19日公表)。
承認を受けるには、開業届を提出して行う事業であることや、事業計画書を作成することなどの基準が定められています(人事院「人事院規則14-8(営利企業の役員等との兼業)の運用について」)。
また、退職すると、勤務先で加入していた健康保険・厚生年金保険の被保険者ではなくなります。
その後の健康保険は、任意継続、国民健康保険、家族の健康保険の被扶養者などのうち、条件に合うものから選ぶことになります。
たとえば全国健康保険協会の任意継続は、退職日までに被保険者期間が継続して2か月以上あることが条件で、退職日の翌日から20日以内(20日目が土日・祝日の場合は翌営業日)に手続きをする必要があります。
年金も、年齢や、配偶者の扶養に入るかどうかなどによって国民年金の手続きの要否が変わります。
ご自身が配偶者を扶養していた場合は、配偶者の国民年金の手続きが必要になることもあります。
退職前に、加入している健康保険の窓口や市区町村、日本年金機構の案内で確認しておくと安心です。
何歳まで、どのくらいの規模で続けるか
40代で始めるのか、定年後の60代で始めるのかによって、事業の規模や資金のかけ方は変わります。
大きく投資して長い期間をかけて回収する事業より、小さく始めて様子を見られる事業のほうが向いている場合もあります。
何歳まで続けたいか、生活の収入をどの程度事業に頼るかを先に考えておくと、事業の型を選びやすくなります。
個人事業主か法人か|事業の型で決まる場合がある
起業の形には、個人事業主として始める方法と、会社などの法人を設立する方法があります。
一般的にはどちらを選ぶかは本人の判断ですが、看護師の起業では、事業の型によって法人での申請が前提になる場合があります。
個人事業主として始めやすい型
②フリーランス・業務委託、③サロン・健康サービス、④講師・執筆・カフェなどは、個人事業主として始めることもできます。
法人設立の手続きや費用を省いて始められるため、小さく始めて様子を見たい方に向いています。
一方で、取引先から法人での契約を求められる場合や、事業が大きくなってから法人化を検討する場合もあります。
法人での申請が前提になる事業
①の訪問看護ステーションは、介護保険の指定を受ける場合、申請者が法人であることが国の基準で定められています(介護保険法施行規則126条の4の2)。
このため、介護保険の指定を受けて訪問看護ステーションを開設したい方は、指定申請の前に法人を設立する流れになります。
なお、病院・診療所が行う訪問看護は、この基準の例外とされています(同条ただし書)。
法人の種類と、手続きを担う専門家
法人には、株式会社、合同会社、一般社団法人、NPO法人などの種類があり、設立の費用や運営のルールが異なります。
法人の種類ごとの違いは、合同会社のメリットとデメリット|株式会社との違いを分かりやすく解説で詳しく紹介しています。
手続きの代行を依頼する場合、法人設立の登記は司法書士、税務の申告は税理士、社会保険・労働保険の手続きは社会保険労務士の業務にあたります。
どこまでを自分で行い、どこから専門家に依頼するかは、事業の規模や予算に合わせて検討してください。
開業までの流れと、許可・届出・指定が必要になる場面
看護師の起業は、事業の型によって必要な手続きが大きく変わります。
ここでは、どの型にも共通する流れと、事業ごとに必要になる許可・届出・指定の例を紹介します。
共通する5つのステップ
事業の型が違っても、開業までの大まかな流れは共通しています。
- 経験と条件を棚卸しする: 得意な分野、使える時間・資金・体力を書き出す
- 事業の型を決める: 4つの型のどれに近いかを確かめる
- 法律と手続きを確認する: 関わる法律、必要な許可・届出・指定、窓口を調べる
- 資金と場所を準備する: 開業資金と、収入が安定するまでの運転資金を見積もる
- 届出・申請をして開業する: 許可・指定が必要な事業は、取得してから営業を始める
とくにステップ3で、自治体の手引きや窓口の案内を読んでおくことが、後戻りを防ぐ近道です。
個人事業主として開業するときの届出
個人事業主として事業を始めた場合は、税務署に「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出します。
提出期限は、事業を開始した日の属する年分の所得税の確定申告期限までです(所得税法229条)。
青色申告を選ぶ場合は、別に「所得税の青色申告承認申請書」の提出が必要で、原則としてその年の3月15日まで、1月16日以後に開業した場合は業務を開始した日から2か月以内が期限です(国税庁 タックスアンサー No.2070)。
このほか、都道府県・市区町村への事業開始の届出や、人を雇う場合の届出など、状況に応じて手続きが加わります。
開業届を出せばすべての手続きが終わるわけではない点に注意してください。
事業ごとに必要になる許可・届出・指定の例
代表的な事業について、必要になる手続きの例をまとめます。
| 事業 | 必要になる手続きの例 | 主な根拠・窓口 |
|---|---|---|
| 訪問看護ステーション | 介護保険・健康保険の指定 | 介護保険法70条(都道府県など)、健康保険法89条(地方厚生局) |
| 飲食店(カフェなど) | 飲食店営業の許可 | 食品衛生法55条(保健所) |
| 介護タクシー | 一般旅客自動車運送事業の許可(原則) | 道路運送法4条(国土交通大臣) |
| 個人事業の開業 | 開業届、青色申告承認申請など | 所得税法229条ほか(税務署) |
許可・指定の可否は、行政庁が個別に判断します。
法令の改正で要件が変わることもあるため、申請前に窓口で最新の情報を確認してください。
「失敗パターン」と回避策
看護師の起業では、準備の段階で確認しておけば避けられたつまずきもあります。
ここでは、考えられる4つのパターンと回避策を紹介します。
「看護師の資格があるから大丈夫」と考えてしまう
看護師の免許は、医療の現場で長く信頼されてきた資格です。
ただし、マッサージには別の免許が必要で、アートメイクは医師免許のない人が業として行えば医師法違反とされるなど、看護師の免許の範囲を超える事業もあります。
回避策は、提供したいサービスを一つずつ書き出し、関わる法律を確認することです。
宣伝の表現が、医療や効果の約束と受け取られる
サロンや健康サービスの宣伝で、治療や効果を約束するような表現を使うと、医療と誤解されたり、表示に関する法律に触れたりするおそれがあります。
景品表示法は、商品やサービスの内容を実際よりも著しく優良であると示す表示で、不当に顧客を誘引し、消費者の自主的かつ合理的な選択を妨げるおそれがあるものを禁じています(不当景品類及び不当表示防止法5条1号)。
「看護師の」という肩書きを使う場合も、提供するサービスの範囲と表現が一致しているかを確認してください。
一人で始めたい気持ちと、事業の要件が合わない
「一人で、自分のペースで」と考えて起業を検討する方もいらっしゃいます。
一方で、訪問看護ステーションのように、人員基準や法人での申請が前提になる事業もあります。
一人で始めたい場合は②〜④の型から検討する、①を目指すなら仲間づくりから始める、といった順番を考えるとよいでしょう。
保険報酬の入金までの資金を見落とす
介護保険の報酬は、サービスを提供した月の翌月10日までに国民健康保険団体連合会へ請求し、その翌月(提供月から数えて翌々月)に支払われる流れが案内されています(香川県国民健康保険団体連合会「令和6年度集団指導資料」)。
具体的な支払日は、都道府県の国民健康保険団体連合会ごとに定められています。
開業直後は、サービスを提供していても入金までに時間差があるため、その間の人件費や家賃を賄う運転資金を用意しておく必要があります。
今日から始められる小さな一歩
起業は、いきなり大きく始める必要はありません。
まずは情報を集め、ご自身の条件を確かめるところから始めてみてはいかがでしょうか。
- 経験の棚卸しを書き出す: 担当してきた分野、得意なこと、人から相談されてきたことを書き出してみる
- 勤務先の就業規則を読む: 副業・兼業の扱いや、退職の手続きを確認しておく
- 自治体の手引きや相談窓口を確認する: 訪問看護を考えている方は事業所を置く都道府県などの指定の手引きを、それ以外の事業は自治体の創業相談の窓口を調べてみる
小さく事業を始める考え方は、スモールビジネスとは|40〜60代の小さな起業をわかりやすく解説でも解説しています。
よくある質問
看護師の起業について、よくある疑問にお答えします。
Q. 看護師は開業できますか?
開業すること自体はできますが、何を開業するかによって必要な手続きが大きく変わります。
訪問看護ステーションを介護保険の指定を受けて開設する場合は法人での申請と人員基準が、飲食店営業には営業許可が必要になるなど、事業ごとに確認が必要です。
Q. 准看護師でも起業できますか?
准看護師の方も起業することはできます。
ただし、准看護師は医師・歯科医師・看護師の指示を受けて看護の業務を行う資格のため(保助看法6条)、看護の業務を伴う事業では、指示を出す立場の人との関係を事前に整理する必要があります。
訪問看護ステーションでは、准看護師も看護職員の人数に含まれますが、管理者は原則として保健師・看護師などとされています。
また、看護師でない者が「看護師」やこれに紛らわしい名称を使うことは禁じられている点にも注意してください(保助看法42条の3第3項)。
Q. 看護師はカウンセリングで開業できますか?
相談を受ける事業を始めることはできますが、提供する内容の範囲を決めておくことが大切です。
病気かどうかの判断や治療の方針を示すことは、医師の業務である医業に関わるおそれがあります(医師法17条)。
厚生労働省の通知でも、看護師等が診察などを行い、治療方針を主体的に判断して伝える場合は、医師法17条や保助看法37条に違反する可能性があるとされています(令和7年8月15日付 医政発0815第21号)。
また、公認心理師でない人は、「公認心理師」という名称や、「心理師」という文字を含む名称を使えません(公認心理師法44条)。
看護師としての経験を活かしつつ、必要に応じて医療機関への受診を勧める姿勢が大切です。
Q. 看護師はカフェを開業できますか?
カフェの開業に看護師の免許は要件ではないため、看護師の方も開業できます。
飲食店営業を行うには、食品衛生法に基づく営業許可が必要です(窓口は保健所)。
健康相談の場を兼ねる場合は、相談の内容が医療と誤解されないよう、案内の表現に気をつけてください。
Q. 看護師の起業は儲かりますか?
収入は、事業の型、地域、規模、働く時間によって大きく異なります。
本記事では、収入の目安となる金額は示していません。
保険から報酬を受ける事業と、利用者から料金を受け取る事業とでは、収入の仕組みも入金の時期も違うため、事業計画の段階で資金の流れを具体的に確認することが大切です。
Q. 50代・60代から始めても遅くないですか?
看護師として積み重ねてきた経験は、40〜60代から事業を考えるうえでの強みになり得ます。
大切なのは、体力や働く時間、資金をかける期間を、ご自身の状況に合わせて設計することです。
人と比べず、ご自身が無理なく続けられる形を選んでください。
まとめ
本記事では、看護師の起業について、言葉の違い、法律の線引き、4つの型、40〜60代の論点、開業までの流れを整理しました。
主なポイントは次のとおりです。
- 看護師の業務は「療養上の世話」と「診療の補助」で、医師の指示がなければ行えない行為や、医師・別の免許を持つ人にしかできない行為があります
- 准看護師は、医師・歯科医師・看護師の指示を受けて業務を行う資格です
- 訪問看護ステーションを介護保険の指定を受けて開設する場合は、法人での申請と人員基準が前提になります
- 講師・執筆・カフェなど、看護師の免許を要件としない事業では、看護の経験そのものが強みになります
- 退職と開業の順番、体力、続ける期間を、事業の型を選ぶ前に考えておくことが大切です
看護師として積み重ねてきた経験は、病院の外でも誰かの役に立つ可能性があります。
まずは、ご自身の経験と条件を書き出すところから始めてみてはいかがでしょうか。
※本記事は2026年10月時点の法令・制度に基づき作成しています。
法令や制度は改正されることがあるため、最新の情報はe-Gov法令検索や厚生労働省、各自治体の窓口でご確認ください。
個別の事業については、所管の行政機関や専門家へのご確認をおすすめします。
(最終確認日:2026年10月9日)
よこぜき行政書士事務所

